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福岡高等裁判所 昭和54年(う)435号 判決

[判決理由]

本件控訴の趣意は、検察官疋田慶隆(検察官吉岡卓作成名義)が差し出した控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、被告人らの弁護人谷川宮太郎、同重松馨、同立木豊地、同藤本正、同林健一郎及び山川豊が連名で差し出した答弁書(訂正申立書を含む)に記載されたとおりであるから、これらを引用し、これに対し次のとおり判断する。

右控訴趣意中事実誤認の論旨について所論は要するに、

「被告人阿比留初見は長崎県教職員組合玄海総支部対馬支部長、同阿比留義見は同支部副支部長、同松園勇は同支部常任執行委員、同棄村圭一は同支部美津島町支部支部長、同鐘ケ江康人は同支部書記長であつたところ、昭和五一年三月一三日同県下県郡美津島町中央公民館で開催された同町PTA連絡協議会において、同町立今里中学校校長沢田虎男(当四九年)が主任制をめぐる問題に関し、かねて美津島町校長会が同町教育委員会に対して提出していた主任制導入について慎重に対処して欲しい旨の要望書の趣旨に反し、かつ、前記組合美津島町支部をひぼうする発言をしたとして、同校長に対し、集団で抗議して右発言を認めさせ、同校長が謝罪文を書くまでは抗議を続けようと企て、一〇数名の同組合員と共謀のうえ、被告人ら一〇数名において、同年三月一九日午後四時四五分ころ、同町大字今里一六八番地の一所在の前記今里中学校校長室に押しかけ、同校長が面談を拒否するのを無視して前記協議会における同校長の発言内容の確認を迫り、翌三月二〇日午前八時一〇分ころまでの間、あるいは同校長を取り囲み、あるいは数回にわたり退室しようとする同校長に対し『帰つちやいかん』などと言つてその都度その進路に立ち塞つて阻止し、あるいは退出できないように隣室で監視し、同校長に対しこもごも『日が暮れれぼ我々があきらめて帰るぐらいの幼稚な考えをもつているのか』「『明日あさつて休みだから来とつとですよ』『一夜明けたらとんでもないことが起こるですよ』『帰らんつもりで来とるとですよ、はよう言わんですか』『生半可な決心で来とつとじやないですよ』『みずから教育の排斥運動をする校長が対馬の教育界にいることを新聞でたたきますよ』『あなたの教育生命がなくなるまでやりますよ』『組合をひぼうして申し訳ないちゆう謝罪文を書きませんか』などと申し向け、疲労困ぱいして机上にうつ伏せになつた同校長の机を激しくたたくなどして、同校長をして同室からの脱出を著しく困難ならしめて、前記発言を認めさせたうえ謝罪文を作成することを要求し、同校長がこれに応じないとみるや、前記協議会に出席したが前記組合美津島町支部をひぼうする趣旨の八項目にわたる発言をした事実はない、もし発言した事実があれば責任をとる旨の右謝罪文に代る確認書を提示して『署名押印して早く帰つた方がいいじやないか』などと申し向けて、これに署名、押印することを執拗に要求し続けたが、同校長においてはこれに応ぜず、もつて同校長を不法に監禁するとともに、同校長に対しその身体、自由、名誉に害を加えるべき気勢を示して脅迫し、同校長をして義務なきことを行わせようとしたが、その目的を遂げなかつたものである。」との公訴事実に対し、

原判決は、

被告人ら及び前記組合員らが公訴事実中の右発言や澤田校長の机を叩いたことなどの事実は認められるけれども、これらの言動は澤田校長を監禁あるいは強要する手段としての脅迫行為とは認められず、その他被告人らが客観的に澤田校長の校長室からの退出を不可能又は著しく困難にした事実もないので、同校長を監禁したものということはできず、また主観的にも被告人らに監禁又は強要の故意があつたと認めることもできない。なお、美津島町校長会は長崎県教職員組合玄海総支部対馬支部(以下、「組合」ともいう。)の美津島町支部(以下、「町教組」ともいう。)との合意に基づき、昭和五一年二月に同町教育委員会に対し、主任制導入については現場の実態を考慮し、慎重に対処してほしい趣旨の要望書を提出したのであるから、右校長会の構成員である澤田校長は町教組に対し右要望書に拘束され、これに反する行動をとらない義務を負つていたものである。しかるに、昭和五一年三月一三日に美津島町PTA連絡協議会(以下「単P会長会議」ともいう。)において、澤田校長らがなした発言は、組合組識及び組合員の地位の根幹にかかる事柄であり、組合及び組合員の名誉を著しく傷つける内容を持つものであつたから、組合が右の事項に関して澤田校長に対し発言内容の確認を求め、あるいは右発言を訂正し組合の名誉回復などの措置をとるよう要求することは、地方公務員法五五条に定められた交渉事項にあたり、また、右発言は主任制に関する前記要望書の内容にも反するものであつたから、澤田校長は組合に対し信義則上この点について釈明すべき義務があつた。したがつて、同校長は組合に対し右各事項につき交渉に応じ、かつ釈明すべきであつたところ、公訴事実の昭和五一年三月一九日午後四時四五分ころから五分程、被告人らと遣り取りの末自席に腰をおろし、結局組合との交渉に応じたものであつて、予備交渉欠缺の手続上の瑕疵は同校長の右承諾により治ゆされ、組合と同校長との間に適法な交渉が始まつたのである。しかるに、右交渉中同校長が一方的に退出しようとしたことは不当であり、被告人ら及び他の組合員らの前記の如き言動は、同校長が一方的に退出しようとしたことや沈黙を続けた態度に対する抗議であり、同校長に真面目な応待を促すものにすぎなかつたとして、被告人らに対し無罪の言渡しをした。しかし、これは証拠の取捨選択と価値判断を誤り、その結果事実を誤認したものであつて、本件公訴事実は証拠に照し優に認められるものである。したがつて、右の誤認が判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、原判決は破棄されるべきであるというのである。

よつて、所論にかんがみ先ず原判決の無罪理由の当否を検討すべきところ、

該理由の骨子をみると、監禁の訴因につき、一、被告人らその他の組合員(以下被告人らと略称することもある。)の目的は単P会長会議における澤田校長の発言内容の確認であつて、監禁して抗議する目的はなかつたこと、二、澤田校長に対しては交渉であつて、その交渉は同校長の承諾により適法に且つ穏やかに開始されたこと、三、澤田校長の退出行動を不能又は著しく困難にするが如き妨害行為はなく、また妨害して監禁する意志もなかつたこと、四、公訴事実において脅迫行為といわれる被告人らの言動は認められるが、これは交渉の途中における澤田校長の不誠実な態度に対するものであつて、監禁の手段としての脅迫とは認められないこと、五、監禁状態といわれる時間中には空白が存し、その間澤田校長は容易に退出可能であつたこと、六、交渉時間が長時間に及んだことなどは、澤田校長の不誠実な交渉態度に起因するものであつて、これは監禁を推断させる資料にはならないとし、かつ、これらに徴し監禁状態並びに監禁の故意も存しないと説示し、

また、強要の訴因につき、一、右の如く監禁行為が認められないので、これは強要の手段とはならないこと、二、脅迫行為といわれる言動は澤田校長の不誠実な交渉態度に対する抗議であり、真面目な対応を促す発言であつて、これを強要の手段とみることはできないこと、三、被告人らの前記の確認を求める態度が交渉の経過につれて軟化せる状況からみると、強要してまで確認書に署名押印を求める意思があつたとは断じられないと説示し、強要の手段たる暴行脅迫並びにその故意を否定するのである。

なお、原判決は右に先き立ち、単P会長会議に至るまでの経緯、同会議の状況、澤田校長との交渉に至るまでの経緯を詳細に認定したうえ、美津島町校長会が同町教育委員会に提出した主任制に関する前示要望書について、同校長会の構成員である澤田校長としては、町教組に対し右要望書に反した行動をとらない義務を信義則上負い、組合が同校長に対し右の発言内容の確認を求め、あるいは右発言を訂正し、組合の名誉回復などの措置をとるように要求することは、地方公務員法五五条に定められた交渉事項にあたり、かつ同校長は組合に対し右要望書に反する言動をしたことについて釈明すべき信義則上の義務を負うものであるとし、これらの点は犯罪の成否を判断する前に、問題とすべき点というのである。尤も、原判決は前示の如く構成要件該当性や責任性の否定理由を明示するのみで、右の違法判断における正当化事由とも目される問題点と称する点に関しては、その効果(犯罪の阻却等)についてまで判断をしているものではない。

そこで、前示監禁及び強要を否定する理由の項目に従い、その内容に立ち入りながら順次にこれを検討する。

(監禁の訴因に対する判断について)

一原判決の説示(七の(一))によれば、被告人らが公訴事実の日時に今里中学校に来所した目的は、単P会長会議における澤田校長の発言を確認することにあつて、謝罪文を求めることにあつたのではない。すなわち、

(1) 被告人棄村の澤田校長に対し謝罪文を書くよう求めた発言は、昭和五一年三月一六日の対馬支部執行部と町教組三役との合同会議の方針に反するものであり、右発言の如き交渉に移つたことはないこと、

(2) 本件交渉は、(イ)組合の組織を守り、あるいは組合及び組合員の名誉を回復させるための組合活動であり、(ロ)地方公務員法五五条に定める交渉事項にあたり、信義則上からも澤田校長において釈明すべき義務を負う事柄にかかり、(ハ)当初は極めて穏やかに進められ、組合側は絶えず右交渉の場において短時間で交渉を終えることができると思つてきた旨発言し、翌二〇日にもたれた早田校長との同様の交渉も穏やかに進められ三時間程で終わつていること

これらの点に照らしても、被告人らの目的が澤田校長を監禁状態に置いて抗議することにあつたとは認められないし、また、かかる目的で共謀したとも認められないというのである。

しかしながら、原審並びに当審において取り調べた関係証拠、就中、現場録音テープ速記録(修正版)、押収してあるカセット録音テープ七個(当庁昭和五五年押第一九号の5の1ないし4、同6の1ないし3)及び小手帳二冊(同号の10、11)によれば、

前記合同会議において、単P会長会議に対する対策として同会議に出席した澤田校長、白井傅校長及び早田英夫校長から同会議における発言内容について「以上相違ない」という趣旨の確認書を取り、右各校長に対し右会議は違法なものであり、同校長らの右発言は校長にあるまじき行為であり、組合に対する背信行為であるので、会議のやり直しを求め、同校長らに組合と美津島町校長会に対する謝罪文を書かせることなどの方針を決定し、同月一九日澤田校長と面接することを取り決めていたこと、

本件当日、被告人らや他の組合員らは澤田校長に対し、主として右発言内容を認めることを迫り、同校長がこれをしぶり又は否認する趣旨の返答をするや、これに対し烈しい抗議を繰り返し、あるいは同発言内容のうち肯定する部分と否定する部分を文書により特定して、これに署名捺印することを要求し、更に、同校長の責任を烈しく追及すると同時に、右と選択的に同校長の発言について謝罪文を書くことを再三にわたり要求し、この要求は主として被告人棄村等よつてなされたが、他の被告人らや組合員らのうち誰一人としてこれを制止したものはいなかつたこと、とくに、右被告人棄村は組合の美津島町支部長であり、澤田発言に関し現地支部の問題として、率先して責任ある行動をしていたものであり、かつ、予定の行動に従つていたものであるところ、少くとも謝罪文をとることは事前計画において企画されていたものにして、これを確認と同時又はこれに引続いて実現することを禁じていたものとは認められない。なお当審証人佐藤至道の右に反する供述部分(謝罪文をとることは発言問題の事実確認の段階ではなく、最後又は決着段階の予定であつたとの供述部分)はたやすく措信できない。したがつて、前記(1)は事実に反する認定というべきである。

次に、前記(2)の(イ)ないし(ロ)そのものの存否は、被告人らの各行為の構成要件的評価に関する限り、これを阻却すべき事由にあたらないのみならず、構成要件該当の行為の有無に関する判断に影響を及ぼすものでもない。

また、(ハ)の点についても、監禁の手段や方法は、暴行又は脅迫に限らず、多数の者が着席して出入口を扼するような物理的方法によつても可能であり、しかも、本件監禁罪の成否は公訴事実たる昭和五一年三月一九日午後四時四五分ころから翌二〇日午前八時一〇分ころまでの全時間を通じ、かつ、状況全体において検討されるべきものであるから、右(ハ)のような開始時又は中途における非難攻撃の一時的な不出現の表面の現象のみによつて、被告人らの澤田校長に対する監禁の故意ないし共謀を否定することは相当でない。

更に、右(ハ)のその余の点についても、関係証拠に現われるところによれば、澤田校長に対し、「日が暮れれば我々がもう諦めて帰る位に思うてありやせんですか。そんな幼稚な考えを。」、「私達はそんな簡単な考え方では来てないですよ。」(被告人阿比留義見)、「そんくらいんことでは来んとです。」(被告人鐘ケ江)、「今日来た意味が分りますか。明日と明後日も休みやから来とつとですよ。」、「帰らんつもりで来とるとです、今日は。」(被告人松園)、「ああたが眠つたら我々が黙つて帰ると思つたつちやないですか。」(被告人阿比留義見)などと、しきりに申し向け、現に翌朝に至るまで前後一五時間余にわたり執拗に要求を続けていたのであつて、短時間で終わるつもりで来た旨の発言が時折なされたとしても、それは同校長の応諾を促すための駈け引きであり、他面校長室に長時間留まらせた責任をあげて同校長のせいにする裏のある発言であつて、このような見えすいた駈引や真意を遊離し又は反語的な発言の端末が事案の真相を物語るものでないことはいうまでもない。また、被告人らを含む前記対馬支部組合員約一一名は昭和五一年三月二〇日午後二時四〇分ころから三時間ほど早田英夫内海小学校長に要求しただけで同校長から覚え書に署名捺印を受けたことは認められるけれども、関係証拠を吟味すると、右は同日の朝同校長が澤田校長から電話により本件の模様を聞かされていたことと、当時糖尿病のほか白内障を併発して右眼の手術をした後であつて、被告人らの要求をはねつけるだけの健康状態になかつたこと及び卒業式や終業式も控えていたので、被告人らの追及等からできるだけ短い時間に逃れる必要があつたため、不本意ながらやむなく応じたにすぎないものであることが明らかである。

なお、関係証拠によれば、被告人らは澤田校長に対し「ああたがですね、こう言いましたか、どうですかと確かめに来たわけじやないとですよ。」、「あなたがこういう発言をしたということははつきりしとるわけですから。事実ですから。」などと繰り返し申し向けながら決めつけ、さらに同校長の発言内容を挙げて詰問し烈しい抗議を続けていたことが認められ、かかる状況に徴すると、被告人らが同校長のもとに赴いた目的は単P会長会議における澤田校長の発言を確認することだけに終わるのではなく、これを前提として引き続き、その非を糾弾し抗議すること、少くとも行動に現われた実際の状況は後者に烈しさが認められることは否めないところである。

そうすると、原判決の七の(一)の見解に左袒することはできない。

二原判決はその説示(七の(二))において、

本件交渉開始の状況をみても、突然に一六名が今里中学校を訪れ、澤田校長に対し組合との交渉を要求したことは、いささか穏当を欠くものであつたし、地方公務員法が定める予備交渉の手段に従つたものではなかつたとはいえ、しかし五分間程のやりとりで同校長において交渉に応じることを承諾したので、予備交渉手続の瑕疵は治癒され、適法な交渉が始まり、約一時間は極めて穏やかな話し合いが続いたのである。しかして、この適法な交渉が開始されたことは監禁罪の成否について重要な意味を有するというのである。

しかしながら、関係証拠によれば、澤田校長が当日午後四時四五分ころ、今里中学校校長室(以下、「校長室」という。)とこれに隣接した職員室(以下、「職員室」という。)との間に設けられていた引戸の近くに寄つて、片側に開かれた右引戸の空間から職員室の様子を見ていると、前記組合員約一六名のうち被告人ら五名を含む約一〇名が何の挨拶も断りもすることなく、ずかずかと校長室に入つてきたので、同校長は自席の方へ戻り立つたままの姿勢で、右約一〇名の者に対し「何の用事で来たのか。」、「私は何の連絡も事前に受けていないし、自分は話し合う意思はない。用事があるから都合が悪い。帰つてほしい。」などと言つて面接を断つたところ、被告人棄村が、「大事な話があつて今日は来た。」、「是非校長に聞いてもらいたいことがある。確認してもらいたいことがある。そのために全島から代表を集めて来た。確認ができればそう長くかからない。」などと言い、その間にも右約一〇名は強引に、銘銘校長室の隅に立て掛けてあつた折り畳椅子を取り出して、校長机の前に広げて勝手に着席し、澤田校長から断られても右のような要求を繰り返して引き下らなかつたこと、これに対し同校長としては、単P会長会議の二日後に開かれた美津島町校長会の席上、鶏知中学校長から単P会長会議が組合員に盗聴されていた旨の話を聞き、かつ根〆俊雄PTA会長からも同趣旨のことを聞いて、組合の執行委員らが右会議における発言について抗議あるいは事実確認に来ることもあるかも知れないと予想していたので、右の被告人らが容易に引き下らない状況を見て、その要求に応ずる意志は全くなかつたものの、同人らを引き下がらせるためには、右会議の趣旨、目的位は説明し、ともかく内心では一、二時間程度は応待しなければなるまいと考えながら、自分の椅子にやむなく座り、右約一〇名の者らと遣り取りを始めたが、その約一時間近くの間のみは被告人らの語気に取り立てて荒いということはなかつたことが認められる。

しかし、右の事実に明らかな如く被告人らが押しかけて強引に面談を迫つて引き下らず、これに対し澤田校長としては被告人らの本来の要求たる交渉に対応する意思は全くなかつたが、被告人らを引き下らせるための止むなき方便として、一、二時間の応待を内心考えたのであつて、原判決の認定するように、被告人らの本来の要求を問題とする交渉(本交渉又はその予備交渉)に応ずる意味で、これを承諾したものとは到底認められない。してみると、澤田校長が交渉に応じることを承諾し、これにより予備交渉欠缺の瑕疵が治癒され、適法な交渉が開始されたとの原判決の見解は、到底採用できないものである。

三原判決の説示(七の(三))によれば、その交渉と認定する間における澤田校長の五回にわたる退出行動に関し、被告人らは同校長に対し問題解決の義務があることを主張して、同校長の退出を牽制したのみであり、通路を塞ぐことなどしたことはなかつた。被告人鐘ケ江の中腰になつて左肩を出す程度の妨害行為は、これを押しのけて退去することに大した支障はなく、退出は十分可能であつたのに、これをしなかつたことからみて、同校長に退去の意思があつたのか疑問である。そもそも同校長が一方的に退去しようとした行動そのものが不当なものである。被告人ら組合員は退去を不能又は著しく困難にするような妨害行為に出ていないし、妨害して監禁する意思もなかつたというのである。

しかしながら、関係証拠によれば、

1 先ず校長室の状況をみるに、

(一) 校長室は、南北に伸びた木造平家建の今里中学校校舎中央部の玄関の北側に隣接する職員室の東側に接して位置し、東西の幅員約3.49メートル、南北の幅員約3.55メートル、床面積約12.39平方メートルであつて、その東側には幅員約1.76メートルの窓が、その南側には幅員約1.73メートルの窓と幅員約0.84メートルの出入口があり、その西側には隣接する職員室との間の幅員約1.68メートルの出入口があるほか、その四方は壁であり、同室の東北隅には横(東西の長さ。以下同じ。)約1.08メートル、縦(南北の長さ。以下同じ。)約0.69メートルの大金庫が、同室の西北隅には電話と、横約0.41メートル、縦約0.54メートルの小金庫と、横約0.23メートル、縦約0.73メートルの書棚(なお、同書棚には床から約1.45メートルの高さの部位から東側に向かつて約0.22メートルの幅で張り出した棚板が設置されていた)が、同室の東端に接して横約0.46メートル、縦約1.86メートルの長机が、同室の中央部北側に西側の小金庫との間に約0.38メートル、同書棚との間に約0.5メートルの間隔、同室南壁との間に約1.9メートルの間隔をそれぞれおいて横約一メートル、縦約0.69メートルの校長事務机が置かれ、右机の北側に校長用椅子が、右机の東側に接して横約0.33メートル、縦約0.66メートルの脇机が、更にその東側に接して横、縦各約0.45メートルの花瓶台が置かれ、右校長事務机の南端以南の同室部の中央付近にストーブが置かれていたこと、

(二) 同日午後五時ころ澤田校長と被告人ら五名を含む約一〇名の前記組合員らとの遣り取りが始まつたとき、校長室の校長事務机の南端以南において着席できた部分は約5.7平方メートル(約1.7坪)にすぎず、同部分に約九個の椅子が並べられて各人が着席し、そのうち校長事務机と書棚との間の部分の直ぐ南側付近の椅子には被告人鐘ケ江が着席し、また前記大金庫と花瓶台との間の幅員約四〇数センチメートルの部分の直ぐ東側付近に置かれた椅子には被告人阿比留義見が着席し、澤田校長は校長用椅子に着席していたこと、

(三) 同日午後六時三〇分過ぎ以降翌日午前零時五〇分ころまでの校長室内の着席状況は、校長事務机の南端以南の部分に約五個の椅子が追加されて前記組合員約五名が殆どすきまなくこれらに着席して参加し、右校長室は概ね満員状態となつたこと。

2 澤田校長は当日午後六時四五分ころには、校長用事務机の上の書類を片付け、椅子から立ち上がりオーバーを着用して帰る身仕度をして立つたままでいたのであるが、

(一) 同日午後七時五五分ころ校長室を脱出しようと考え、「ちよつと通して下さい。」と言いながら鞄を持ち被告用事務机の西側を通つて職員室との間の出入口の方に赴こうとすると、被告人阿比留義見がこれを見て「座りなさいよ。」と大声を発し、右机と前記書棚との間の約0.5メートルの部分の直ぐ前方(南方)に着席していた被告人鐘ケ江が中腰になり左肩を両方に寄せて通路を塞ぎ、これにより同校長の体が右被告人鐘ケ江の体に少し触れると、「ほら、何しよつとですか。」ととがめて通さないようにするので、同校長において今度は右机の東側から出られないかと考え、前記花瓶台と大金庫との間の約四〇数センチメートルの部分の東方に赴こうとして、同所に着席していた被告人阿比留義見の身体に余儀なく触れると、同被告人が「なして、人をせぐ(「押す」こと)かね。」、被告人鐘ケ江が「せいだらいかんよ。」とそれぞれ申し向けてとがめ立てるので、澤田校長において「ちよつと無茶じやないですか。」と抗弁すると、大浦惇治が「あんたが無茶なことを言うたじやないですか。」、「何ば言いよつとですか。」、さらに他の組合員が「あなたの筋を通して下さい。」とそれぞれ大声を張り上げて右校長脱出を牽制し、

(二) その後同校長はやむなく自席に戻つて依然立ち続け、同日午後八時一〇分ころになつて、「通して下さい。」と要求し、鞄を持ち校長用事務机の西側を通つて職員室との間の出入口の方に赴こうとすると、やはり右机と前記書棚との間の約0.5メートルの部分の直ぐ前方(南方)に着席していた被告人鐘ケ江が、前同様の方法で右校長の通行を妨害し、余儀なく同校長の身体が同被告人の身体にあたるや、被告人阿比留義見が「押したらいかん。」、大浦惇治が「押したら暴行になりますよ。」、被告人棄村が「暴行を加えるとですか。」、「暴行でしようが。」、大浦惇治が「当たつたら暴行や。」などと騒ぎ立て、これにより右校長に脱出を思い止らせ、

(三) その後も同校長は自席に戻つて依然立ち続けていたが、同日午後八時四〇分ころ「私は帰ります。ちよつとのいて下さい。のけて下さい。」と明確に妨害の中止を要求したうえ、前同様被告人鐘ケ江のそばを通り抜けようとしたが、同所付近で同被告人や他の組合員らが立ち上がつたりなどしてその通路を塞いだほか、被告人阿比留義見が「当たつちやいかんよ、人に。」、被告人棄村が「何押しよつとですか、人を。」、被告人阿比留義見が「訴えますよ、当たつたら。」と大声を上げて恫喝し、被告人棄村が「何押しよりますか。」、「この人を押したら落ちますよ、こつちに。」、「何もつかまえるものはないんだから。」などと申し向け、これらの言動にたまりかねて、澤田校長において「ここに黙つてね、入つて来とつてから、その押すとかなんとかつてね。」と抗弁しても、組合員の小島忠孝が「今まで話相手してあつちやないですか。」とうそぶいたほか、誰も受け付けず、

(四) 同校長はやむなく自席に戻つて、その後も依然立ち続け、同日午後九時一五分ころ「ちよつと先生通して下さい。」、「ちよつと。」と被告人鐘ケ江に告げて脱出を企て、被告人鐘ケ江のそばを通行しようとしたが、同被告人が前同様体を寄せてその通行を妨害し、なおも同所を通り抜けようとして、余儀なく接触させると、被告人棄村が「また押しますか。」、被告人鐘ケ江が「ちよつと押したらいかんですよ。」と言い立て、他の組合員数名が立ち上がつて騒ぎ立てるなどして右校長の脱出行為を牽制し、

(五) 同校長はまたもや自席に戻るのやむなきに至り、その後も依然立ち続けていたが、同日午後九時四五分ころ前同様被告人鐘ケ江のそばを通行して脱出しようとしたところ、同被告人が体を寄せてきて、その通行を妨害するのに加えて、被告人阿比留義見が「どこに行くとですか。」、組合員の大浦惇治が「印鑑押していないじやないですか。今、あんなに大見得を切つたことに対して。」と申し立て、被告人松園が「倒れるですよ。怪我するですよ。押したら。」と大声を張り上げて、右校長の脱出行動を強く牽制したことが認められ、右の五回にわたる脱出行動のいずれの場合も、右妨害者らを力ずくで押しのけるか、あるいは力一杯突き飛ばすかしなければ出入口に到達できない状況にあつたことが窺われ、他面、同校長としてはそのような行動に出ても右妨害者らから力づくで対抗され、少なくとも校長が暴力を振るつたなどと言い掛かりをつけられることは明らかであり、さらに強い反撃行動が主観的に危惧されたので、前示の如き行動をためらうに至つたものであること、なお、原判決は澤田校長の退去意思の存在を疑問とし、かつ同校長の脱出しようとした行動を不当と断ずるのであるが、前述のとおり被告人らの執拗な妨害行動にも拘らず、退去をあきらめず、反復的に五回にわたり脱出行動を繰り返している事実関係のみに徹しても、同校長に退去意思が存したことは明らかであり、原判決がいかなる理由によりこれを疑問とするのか不可解である。また、ここでは退去妨害の存否と脱出の可否を事実として検討すべき場面であつて、これに対し右の脱出しようとする行動の当否を評価することは全く別個の問題であり、少なくとも脱出の可否には影響のない事柄である。しかも、後述のとおり右の脱出しようとする行動を不当と断ずることは相当でない。

そうしてみると、被告人ら組合員は澤田校長の五回にわたる退去行動に対し、その都度、これを阻止する意図をもつて、これを妨害し、その脱出を不能又は著しく困難ならしめる事態を生じさせたことは否定できないところである。

四原判決の説示(七の(四))によれば、公訴事実において脅迫行為といわれる所為((1)検察官主張の言辞を申し向け、(2)校長机を叩いたり、澤田校長の手甲を指で数回叩いたり、(3)組合員らの中には不真面目な態度を取り、(4)暴言を吐き、(5)組合活動として常軌を逸した行動を取り、(6)相当喧噪状態にしたこと)などは認められるが、これらの言動は、監禁の手段としてなされたものではなく澤田校長の不誠実な態度に対するものであり、これに抗議し、真面目な応待を促す発言又は退去行動に対する抗議と認められると、いうのである。

しかしながら、関係証拠によれば、

1 被告人らは一六名の多数で突然校長室に押し掛け、うむを言わせず居座り、澤田校長に対し一方的に要求を続け、当日午後八時ころには、更に多数の組合員を動員する手配をし、同日午後九時ころから同九時三〇分ころまでの間には二〇名以上の組合員が集合し、今里中学校職員室に入室したこと、

2 被告人ら及び他の組合員らは、澤田校長に対して、「ああたがですね、こつ言いましたか、どうですかと確かめに来たわけじやないとですよ。」、「あなたがこういう発言をしたということは、はつきりしとるわけですから。事実ですから。」、「一夜明けたらとんでもないことが起こつたとですよ、世の中は。」、「事実の確認ができたから、来たわけですよ。」、「確認ずみの問題ですよ、これは。」(被告人棄村)、「校長帰つていいですよ。帰つていいから、その確認、書きましよう。」、「言つてない。誹謗してない。」、「きちんとしませんか。」、「原案書きますから、著名捺印。」、「早く帰りたかつたら、そげんせんですか。」、「帰らんですか。早よ、確認、書いて帰らんですか、用事があるならば。」、「言つていない。そういうことは全然ないと確認書いて帰らんですか。」(被告人松園)、「組合を誹謗して申し訳ないちゆう謝罪文書きませんか。それが一番早いですよ。」、「申し訳ないつて謝罪文書きませんか。そうすりやもうすぐ終わつとです。」(被告人棄村)などと申し向け、さらに自分達が作成した確認書を読み上げた後、「それで印鑑を押してもらおう。」(大浦惇治)、「署名捺印。」(被告人阿比留義見)、「事実であるなしを判定してもらつてそこに署名して下さいませんか。そうしたら終わりますたい。」(被告人阿比留初見)などと申し向けていたのであつて、右抗議の過程において、単P会長会議における澤田校長らの発言内容を問題としていたものではあるが、同発言内容等を問い質すことを目的としてはおらず、明らかに同校長の責任を追及する前提として、同校長をして右発言内容を確認させ、あるいは同発言内容のうち肯定する部分と否定する部分を文書により特定させて、これに署名捺印させること、さらに、その発言について謝罪文を書かせることを目的とし、これを一貫して要求していたこと、

3 その一方、被告人らその他の組合員は、澤田校長に対して、「日が暮れれば、我々がもう諦めて帰る位に思うてありやせんですか。そんな幼稚な考えを。」(被告人阿比留義見)、「今日来た意味が分りますか。明日と明後日も休みやから来とつとですよ。」、「帰らんつもりで来とるとです、今日は。」(被告人松園)、その他類似のことを反復的に申し向けていたのであつて、同校長が右要求に応ずるまでは帰らず、同校長をも帰さないという明示、黙示の意思表示を執拗に繰り返していたこと

が認められる。

そうすると、これらの発言とりわけ、澤田校長が被告人らの来校目的である本来の要求に応じるまでは、同校長を帰さない趣旨の発言からも窺われるように、被告人らの前記言動は澤田校長の沈黙又は退去行動そのものを直接的にとがめ又は非難抗議するだけのものではなく、右の本来の要求の実現を迫るものである。同校長の態度そのものをとがめ又はかかる態度を契機とする発言であつても、結局は同校長が本来の要求を拒否することに起因し、これが変更を求めることを目的とするものであつて、単なる交渉態度のみに向けられたものではない。とくに、その本来の要求が実現しない限り帰さないというのであるから、前記言動が本来の要求のための監禁を告知すると同時に、その手段であつたことは否定できないところである。したがつて、原判決のこの部分の認定も支持することはできない。

五原判決はその説示(七の(五))において、

夜間の空白時間(昭和五一年三月二〇日午前一時三〇分ころより同四時ころまでの約二時間三〇分)においては、澤田校長は校長室に一人だけ残され、監視もされていなかつたのであるから、容易に校外に退出することができた筈であつて、この点からみても、同校長を校長室から退出することを著しく困難にする状態が存していたということはできないし、またこれは、被告人らに同校長を監禁する意思がなかつたことの証左であるというのである。

しかしながら、関係証拠によれば、

1 昭和五一年三月二〇日午前零時以降も職員室には約二〇名の組合員がいたが、同日午前零時五〇分ころ被告人らを含む組合員全員は校長室に広げて座つていた椅子の全部をそのままにして、同室から職員室へ引き上げ、右両室間を仕切るガラス戸を閉め、同日午前一時一〇分ころと同日午前一時三〇分ころの二回にわたり被告人阿比留義見が校長室に入つて、各回とも澤田校長に前と同様の要求を繰り返したところ、いずれも応答を受けられなかつたため、その都度短時間のうちに職員室に引き上げたこと、

2 澤田校長は校長室に他の誰もがいなくなつた間帰れるものなら帰りたかつたのであるが、前日勤務を終えたのに引き続き同日午後五時ころからぶつ続けに被告人ら大勢に取り囲まれて、長時間にわたり対応を強烈に迫られ、その間しばしば大声で怒鳴りつけられ、大きな音を立てて、机をたたくなどされながら、執拗に恫喝や面罵を加えられ、一方的な攻撃や要求を受け続け、同日午後六時四五分ころ以降同日午後一〇時過ころまでは立ち詰めであり、食事はもちろん用便すら取れず、肉体的、精神的に疲労困憊し、翌二〇日午前零時ころ以降は校長用椅子に座つたまま校長用事務机にうつ伏せになり、手をその上に投げ出していたままの状態にあつたこと、なお、右校長においては、前示のように被告人阿比留義見が間欠的に入つてきては自己の動静を窺いつつ要求を継続していたこと、時折頭を持ち上げて点燈された職員室を見ると職員室にいた組合員らがときどき立つて点燈したままの校長室を監視していたのを認めたこと、被告人らが校長室から退出する直前ころ「ちよつとひと眠りさせて一時間ぐらい待つか。」とか「ちよつと寝てもらうかな。」と言つていたこと、職員室南側の玄関の下駄箱に置いていた鞄を取りに行くには、職員室を通つて行かねばならないので、鞄を取りに行く途中で被告人らを含む組合員らに発見されて連れ戻されることが懸念されたこと、校長室南側の出入口を通れば、職員室を通ることなく直接外に出ることができはしたものの、深夜とはいえ校長ともあろう者が素足のまま路上を歩行して帰宅することはためらわれたばかりでなく、右出入口から出ても容易に発見されて連れ戻されるように思われたことなど、あれこれ思案したものの、結果をおそれて実行がためらわれる状態は消失せず、その間も校長室から脱出することは著しく困難な状況にあつたこと、

3 しかも、同日午前三時三〇分過ころには被告人棄村が校長室に入り、同日午前四時ころには被告人阿比留初見、同阿比留義見、内山実宗も校長室に来て、その都度、それぞれ澤田校長の名を呼びながら、前と同様の要求を幾度となく繰り返し、更に同日午前四時三〇分ころには五名位の組合員が校長室に入り、同日午前五時ころからは被告人鐘ケ江、同松園らも同室に入り、以上十数名の者らがそのころ身を起こした澤田校長に対し同日午前八時ころまで再び罵声を浴びせたり、その机や椅子の肘掛けや同人の手首を二〇回位叩いたりしたうえ、いい加減に締めて確認書に署名捺印をせよなどと要求を繰り返しながら、これを続行したこと

が認められる。

しかして、これらの事実関係によれば、右時間における澤田校長に対する退去の可能性は見せかけだけであり、実際はたやすく阻止される態勢にあつたものと認められ、他面、同校長においても右時間の前後の状況と同じく退去の可能性を断念せざるをえない心的状態にあつたことが認められる。してみれば、この部分の原判決の説示は右の事実を誤認したものであつて、前提を欠き失当というべきである。

六その他、原判決はその説示(七の(六)と(七))において、交渉時間が長時間(昭和五一年三月一九日午後五時ころから翌二〇日午前八時ころまで)に及んだことは、澤田校長の交渉に応じない不誠実な態度に起因するものであつて、監禁状態があつたことを推断させる資料にはならないとし、更に、

(1) 被告人らは本件交渉の途中根〆会長から澤田校長に対し四度掛かつてきた電話のうち三度を取り次いだが、同校長は右電話で同会長に対し組合に監禁されていることを訴えなかつたこと、

(2) 同校長は昭和五一年三月二〇日午前八時ころ自席から被告人鐘ケ江の脇を通り、職員室を抜けて校外に退出できた

というのである。

しかしながら、関係証拠によれば、

前記四において認定した事実のほか、澤田校長は公訴事実の日時に被告人らと遣り取りをしていた間に、被告人らに対し交渉に応ずる意思表示をなしたことは一度もなかつたばかりか、自分は交渉に応ずる意思はなく、右遣り取りを交渉とも思つていないと繰り返し強調していたことが認められる。

そうすると、右の状態が徹宵一五時間もの長時間に及んだのは、被告人らが同校長に対しあくまで単P会長会議における発言の確認と確認書に署名捺印すること、又は謝罪文を作成することを要求していたためであつて、原判決の述べるような原因によるものではないことが明らかである。

次に、右(1)の点につき、澤田校長が被告人らから詰問されていたときに、今里中学校PTA会長根〆俊雄から三度電話を受けたが、同会長に対し被告人ら及び他の組合員らの言動を訴えるような措置を取らなかつたことは、そのとおりであるけれども、それは、同校長がそのようなことをすれば、被告人らを一層刺戟して益々手荒な言動に駈り立てるおそれがあつたので、これをためらつたためであり、被告人らにもかかる事情は察知できたものと認められる。

また、右(2)の点に関する証拠によれば、

1 右二〇日午前八時ころ、根〆俊雄PTA会長は澤田校長がまだ帰宅していないことを聞き知り、職員室に電話を掛けて、同校長にこれを取り次ぐよう依頼し、校長室内の電話の受話器を取つた同校長と二、三度話し合つたが、同校長がまだ学校にいてどうしても帰れないことを確かめるとともに、その声に全く元気がなく、まるで病人のようであることを知り、組合員らの同校長に対する仕打ちにいたく立腹し、内山実宗を電話口に出させ、同人に対し「大体あんた達の交渉内容は分つている。」と告げて話しかけると、同人は被告人棄村と電話を変わつたので、同被告人に対し、澤田校長を今まで帰さなかつたことにつき、これを怒鳴りつけながら激しく叱責したので、校長室にいた被告人らを含む組合員らは気勢をそかれるに至つたこと、

2 澤田校長もその気配を察知したので、まもなく鞄を持つて立ち上がり校長用事務机の西側を通つて職員室との間の出入口に向かつたところ、組合員らからその通行を妨害されたが、その程度は前日に比して格段に弱まつていたので、これを排除して職員室に移り、そこに居た組合員二、三名が両手を広げるなどして立ち塞がつたのを押しのけ、急ぎ足で職員室を駆けて廊下に出たところを、被告人松園から右手を掴まれたりしたけれども、これをも振り切り、靴を履いて玄関に出て帰宅したこと

が認められる。

したがつて、翌朝のこの状況はそれ以前とは全く異なり、緊張状況を格段に弱めるに至つていたものと認められ、当時の状況をもつてそれ以前の状況を推断する資料とすることはできない。

そうすると、右(1)、(2)によつて被告人らの監禁意思の不存在を推断するのは相当でない。

〔強要未遂の訴因に対する判断について〕

一原判決の説示(八の(一))によれば、監禁行為がなかつたことは、これが強要の手段にならないことを意味するというのである。

しかしながら、監禁行為を否定する原判決の理由が是認できないことは前叙のとおりであり、且つ後述の如く監禁行為を認定することができるので、これが不存在を前提とする原判決の右判断は失当である。なお、前示四の判断の末尾にも述べるとおり、監禁行為が被告人らの本来の要求の実現を目差していたことは否定できないので、これが強要の手段にならないとすることはできないところである。

二原判決は説示(八の(二))において、公訴事実において脅迫行為といわれる言動は、澤田校長の不誠実な交渉態度に対して向けられた抗議であり、真面目な対応を促す発言であつて、強要の手段としての脅迫行為とは認められないというのである。

しかしながら、前示四にも述べたとおり、右脅迫行為は被告人らの本来の要求の実現を志向し、これを強く迫るあまり、前後約一五時間の長きにわたり、執拗に繰り返されているものであり、被告人らの個々の言動がこの持続的な目的意思に支配されたものであり、他面、澤田校長の個々の振舞の基礎には被告人らの本来の要求を拒否する態度が存し、被告人らの右の脅迫行為は本来の要求に応じない同校長の態度に対するものであることが証拠上明らかである。したがつて、右の関係を看過し、脅迫行為が強要の手段であることを否定する原判決の認定は失当といわなければならない。

三原判決の説示(八の(三))によると、被告人らの要求は、単P会長会議における澤田校長の発言の確認を求めることから、(1)同発言はなかつた旨の確認に変更され、(2)確認書から責任問題の項目を削除し、(3)新期日を設けて交渉することを提案するに至つたが、かかる譲歩がなされたことからみると、被告人らに同校長を強要してまで確認書に署名捺印を求める意思があつたとは断じられないというのである。

そこで、これを検討するに、なるほど、被告人らは澤田校長に対して当初単P会長会議における発言内容を記載した確認書に署名捺印を要求し、その後右発言内容を否定するのであれば、その旨記載した確認書でもよいからと告げて、該書面に署名捺印を迫り、更に、その後右確認書から責任問題の項目を削除したうえ、これに署名捺印を求めたことは原判決の指摘するとおりである。

しかしながら、原審及び当審で取り調べた証拠を検討しても被告人らが同校長に新期日を設けて交渉することを提案したことを肯認するにたる証拠はなく、かえつて関係証拠によれば、同校長から被告人らに対し、当日(昭和五一年三月一九日)午後一〇時ころ、「だから正式にね、あの確認するのなら正式に交渉しましよう。日日をあらためて。」と提案したのに対し、被告人らは全くこれを受け付けなかつたことが明らかである。また、被告人らは同校長の責任を追及する前提として、同校長をして右の発言内容を確認させ、あるいは同発言内容のうち肯定する部分と否定する部分を文書の上に特定させて、これに署名捺印させること、又は同発言内容について謝罪文を書かせることなどを選択的に要求していたものであり、この点において終始一貫していたことは、前示四で述べたとおりである。

したがつて、是認できる事実は前記(1)と(2)の事実のみであるが、被告人らにおいては澤田校長が発言した事実を確信していたので、殊更に発言を否定する確認を求めたり、確認書から責任問題の項目を削除しても、その責任追及に支障はなかつたので、これらにより譲歩する振りを示したものであるが、寧ろこれらは、なんとしても確認を取ろうとする執拗な意欲の現われであつて、右(1)、(2)の事実によつて被告人らの強要意思を否定する原判決に同調することはできない。

以上の検討によれば、監禁並びに強要末遂の訴因に対し原判決が無罪理由として説示するところは、事実の誤認又は事実関係の誤解等があつて、すべて是認することができないものである。

なお、原判決が「若干の問題点」として判断を示す部分については、後に「弁護人の刑訴法三三五条二項の主張」に対する判断と重複する点が多いので、当然そこで触れることになるがただ原判決は、(イ)拘束力という点につき、校長会と町教組間の協定の拘束力、要望書の拘束力及び信義則上の義務の三者につき、必ずしも明確でなく、(ロ)地公法上の団交応諾義務と信義則上の判示釈明義務についても、その根拠が不鮮明である。

よつて、右(イ)、(ロ)の点についてのみここで考えてみるに、本件で合意の拘束力を問題とすれば、右の校長会と町教組間の協定の拘束力のみであつて、これにより校長会は町教委に要望書を提出すべく拘束(義務付)されるのであるが、しかし、要望書そのものは町教委に対する意見具申であつて、その内容からは誰に対しても拘束力を生じるものではない。そこで残る問題は、要望書を提出して意見具申をせる校長会としては、これに反するような行動をしないことの、いわば広義の信義則上の義務を負うのではないかという点である。仮に、これを肯定するとしても、しかし、それはあくまで自制的な義務にすぎず、これをもつて、要望書そのものからの誰かを相手として負う法律行為的拘束力と解することはできない。

次に、右の信義則上の自制義務違背を非難し、名誉侵害に対し直接抗議することと団交権行使とは、その根拠と態様が全く別である。本件が交渉(団交)か抗議か、さらに校長が団交の当事者たりうるか等の団交上の問題は後述のとおりである。そこで、右前段の信義則上の自制的な義務違背(要望書の内容と相容れない行動を抑制すべき義務に違背すること)を非難する直接行動や名誉侵害に対し直接抗議することに関して考えてみるに、これは労働法上の問題ではなく、それ以前の自救権行使の可否として問擬すべきものである。およそ「悪口を言う他人に直接抗議する」ということは、広い意味の自力救済的な行為であつて、社会倫理的にも必要にして相当なものであれば許されよう。しかし、その抗議行動が犯罪性を帯びるまでに至つた場合は、原則として許されないものである。いわゆる狭い意味(刑法上)の自救行為、つまり犯罪性を阻却させる自救行為として許容されるためには、緊急性や相当性の要件を充足する場合に限られるが、本件においてはこれらを認めることはできない。

次に、被告人らの所為にして、監禁と強要にあたるとされる積極的な事実につき、さらに進んで検討すべきでところ、既に前示無罪理由の検討において、監禁又は強要行為の積極的な構成部分とみられる言動を挙示して吟味したが、これらの事実のほかに、原審並びに当審において取り調べた証拠によると、公訴事実にそう監禁及び強要のための言動等として次の事実が認められる。

〔監禁行為について〕

校長室の物理的状況並びに澤田校長が被告人ら組合員に取り囲まれた状態、及び脱出を試みたがその都度妨害を受けて脱出できなかつた状況等については、前示無罪理由の検討三の1、2において詳述したとおりであるが、心理的妨害の点につき、関係証拠に現われる事実をさらに若干付加すると、

同校長が校長室いつぱいの被告人ら組合員に対し、「こんなに沢山ね。」とか、「人の学校にね、あの出て下さい。」と言つて抗議しかけるや、被告人らは「いやいやそんなことは問題じやない」(被告人阿比留義見)とはねつけ、帰り仕度をして立つたままでいた同校長に対し、「座つて下さいよ。」、「帰られるはずがないから。」、「帰られるはずないでしよう。」(同被告人)、「いや、帰つたら帰つたらいいです。ただし、あしたん朝びつくりしますよ。」(組合員大浦惇治)、「あなたが帰れば、我々はあなたの家に付いて行くだけのこと。」、「座りなさい、あなた、立つとかんで。」(被告人阿比留義見)と脅し、また、同校長において「だからね、帰ると言つても帰さないじやないですか。」と抗議しても、「帰るべき問題じやないでしようが。」(被告人棄村)、「帰さんじやなくて帰れんでしようが、あなたは。帰れますか。」(被告人棄村)、などと口々に申し向け、被告人らの要求に応じない限り、帰られないことを執拗に告知しているのである。これを要するに、澤田校長は狭い室内に押しかけてきた被告人ら組合員に取り囲まれ、要求に応じない限り帰さないというが、その要求に応じるわけにも行かず、進退極つた状況に立たされ、それでも前後五回にわたり脱出を試みたが、その都度前示の如く有形無形の妨害を受けて脱出をあきらめざるをえない状態にあつたことが認められる。なお、右の状況全体には次の強要の事実に関連して記述する脅迫の言動も加わり、畏怖心を生じさせるにつき、一段と緊迫しかつ持続的にこれを増大していたのである。そうすると、澤田校長が校長室より脱出することを著しく困難にされた状態、つまり監禁されたことは否定できないところである。

〔強要行為について〕

強要行為についても、前示無罪理由の検討一ないし三において、関連する点について述べているのであるが、右事実のほか、なお関係証拠に現われる事実をみるに、

1 (目的関係)

被告人らの要求については既に前示無罪理由の検討一の際にも述べたところであるが、被告人らは終始、単P会長会議における澤田校長の発言につき、同校長にこれが確認を求めることを迫り、口々に同趣旨の威迫的な言動を繰返し又は反復していたが、そのうちに「組合誹謗して申し訳ないちゆう謝罪文書きませんか。それが一番早いですよ。」、「申し訳ないつて謝罪文書きませんか。そうすりやもうすぐ終わつとです。」(被告人棄村)、「ああた方はね、三人の校長はね、責任がありますよ。」(被告人阿比留義見)、と申し向け、「明らかに人事の介入でしようが、これは。」と大声を上げて手で机を叩き、「釈明しなさい、釈明を。」、「釈明しませんか。」、「……関係のない第三者に言うちゆうこと、その姿勢そのものが問題でしようが。」(以上被告人棄村)と大声を張り上げて再び手で机を叩き、「証人おるんですから謝りませんか、校長先生。」(組合員小島忠孝)、「もう謝罪しませんか。」(被告人棄村)、「その方がいいですよ。」(組合員小島忠孝)、「三・一三の単P会長会議での私の発言は不穏当であつたと。」(被告人棄村)と申し向け、「ですね。校長会や組合に対して背信行為をやつたのでまことに申し訳ないと。」(被告人棄村)、「それか組合は言うたのは、あくまでもデマ、中傷であつて、そういう事実はないと、はつきりどつちかしましようや。」(同被告人)、「ああ、今日はそうしたら、僕らが事実を確認したか、確認をしに来たかどうかち思うちやつとですね。」(被告人棄村)、「これは事実確認はできつとですよ。いくら頑張らつたつちや。」(同被告人)、「無駄な抵抗です。」(組合員小島忠孝)、「事実の確認ができたから来たわけですよ。」、「確認ずみの問題ですよ、これは。」、「僕らは確認する前に先生の所に来て確認しよるぐらい思うてあつちやないですか。」(以上被告人棄村)、「今言うてないということをもし言うておればどうしますか。それが事実が明るみに出れば。」(被告人松園)、「責任を取るわけですたいね。」(被告人阿比留義見)、「責任取るわけですね。」(被告人松園)と申し向けるなどし、

つまり、われわれは事実を確認している。確認できたから来たわけである。だから校長あんたも認めて責任を取つて謝罪せよと迫り、

しかし、同校長がこれに応じる気配を示さないので、単P会長会議における同校長の発言として被告人らが探知した内容を記載した確認書なるものを作成して、同校長の前に差出して署名押印を求めるにいたり、被告人らは同校長に対し、「両方サインすればいいですね。いいですか、サインして下さい。ここはまた後で印鑑を押します。訂正も。」(被告人阿比留初見)、「事実であるなしを判定してもらつてそこに署名して下さいませんか。そうしたら終わりますたい。」「事実であればあるということで、なければないということで、そのことを証明して下さいませんか。そしたら終わつてやる約束ですから。」(被告人阿比留初見)、「もう、四時間ですけんね……」、「署名捺印は。」(被告人阿比留義見)、「どちらにしてもいいじやないですか。だから事実ということであれば、事実ということで……」(被告人阿比留初見)、「どうぞ先生、印鑑……」(被告人鐘ケ江)、「発言してないちゆうに署名するとやけん、いいじやないですか。発言したちゆうのに署名せよというとじやないでしよう。」(組合員大浦惇治)、「何か署名捺印されん理由でもあつですか。」(被告人棄村)と申し向け、同校長において「署名捺印は。」と言い掛けると、「何故、何故されんとですか。」被告人棄村)、「何故ですか。」(組合員大浦惇治)、「何故できんとですか。」、「署名するとが当り前でしよう。」(被告人棄村)、と畳み掛けて追及し、

澤田校長において、同日午後一〇時過ころから極度に疲労したため、校長用椅子に座り、上体を後方にそらし、両足を伸ばして同椅子の両肘に両手を掛け瞑目していたところ、被告人阿比留義見がその肘掛けや同校長の手首を何回も叩き、「また、ドスンという音ばさせにやでけんごとなつとじやないですか。」(被告人棄村)、「また大きい声を出さにやいかんごとなりよつとやろ。」(被告人鐘ケ江)と申し向けるなどし、「校長先生、眠つちやいかんですよ。眠つちや。」(被告人阿比留義見)と大声を上げ、「確認文ぐらい読みませんか。」(組合員小島忠孝)、「もつと大きな声を出せということですか、僕らに。どうですか。大きい声を出せということですか。」(被告人阿比留義見)、他の組合員らが「生理現象催して、もうものが言えんちやないね。」、「やつぱあの囲まれ通しで我慢しとつてはもの言われんもん。」「またこうドスンと大きな音をたてんでいいごとちやんとしませんかね。」(被告人棄村)、「校長さん、ちよつと目をあけて見て下さいよ。……この二つを取りますからね。このもし事実の場合は責任を取る、こりや校長ですよね。ええ第8項までのことが事実無根ならば、組合長が責任を取る。この二項目を省きますからね。いいですか。聞いてありますか。」、「いいですか。最後のですね、三、四項目、この二項目取りますよ。いいですか。……もう責任問題は省きました。ここでサイン捺印して下さい。署名捺印。聞こえたですか。」(被告人阿比留義見)、「……もう一二時になつてしもうたばい。」(被告人阿比留初見)、「もうこつじやですね、夜が明けてしまうですよ。」、「……正常な状態じやねえけん、どげんことしだすか分らんですよ。これ以上長引いたら。……」(被告人棄村)と申し向けるなどし、「それとも最初に言うたように謝罪文書きますか。どうですか。」(同被告人)、「校長先生、その書き直しとつとを一遍よう見てみませんか。」(被告人鐘ケ江)、「……自分の教育生命がどうなのかというこの重大な問題を提示されてね、のほほんと寝るちゆう態度は何ですか。校長さん、校長さん……」(被告人阿比留義見)、

などと、事実を認めた謝罪文の作成又は被告人らが作成した確認書だけに署名押印することを執拗に求めて止まず、これらの要求は澤田校長に対する被告人らの前記監禁時間の終始にわたり持続的に反復され、先きに、被告人らの企図した右校長に対する行動計画の現実化した実行過程が、これであつたことが認められる。したがつて、被告人らの行動の目的は、右の発言を認めて謝罪文を書くか又は被告人らの作成した確認書に署名押印をさせるかにあつたことが認められる。

2 (脅迫の態様とその強弱)

この点の関係証拠によれば、被告人らの所為は澤田校長の自由と名誉に対するものと認められるが、その言動の主なるものをみると、

「分らんから、だから拘束云云ということは答えられないというわけですか。何をなめきつたことを言いよつとですか。」(被告人松園)などと大声を発し、殆ど沈黙を続ける澤田校長に対し、「まあ、ぼつぼつ行きましようか。明日も、あさつても休みはありますし。」、「……ずうつと時間を合わせりや一時間以上黙つちやるですよ。」(被告人棄村)、「澤田校長、校長会決議を無視。だあーつと情報出ますよ。あんたが黙つとるつちゆうことはね、全島、単P会長の席で校長会決議を無視、ばあーつと、もうすぐ流れますよ。」(被告人阿比留義見)、「全島から来ておりますからね。全島から。」、「参考まで、それだけは言うときますけどね、おおごとになりますよ。」(同被告人)、「おおごとになりますよ。ああたがね、黙秘権を使つて黙つとくなら黙つときませんか。それですむと思うとるなら。」(同被告人)、「自分の言動には責任持たな。ましてや、校長だもの、いいですか。そういうような混乱を起こしたね、その責任は取つてもらいますよ、私達は。あなたが、黙つとくちゆうことになれば、そうなるんです。」(同被告人)と申し向け、澤田校長が「そんな脅迫じみた」と抗弁しかけると、数名が一斉に大声で怒鳴りつけ、同校長において同日午後六時四五分ころ前叙のとおり帰る身仕度をするや、「だかり、座つて発言して下さい。立つという態度は何ですか。あなたが立ち上がるとは何ですか。……もう少し強う叩いたですかね、こう蓋が飛んだから。」(被告人阿比留義見)、「ちよつと机がドンといえば、こげんいつぺんに一方的に沢山押し掛けて来てつち、後暗いところがなければないで、ね、あろうと構わんじやないですか。」(被告人鐘ケ江)、「黙つとればすむと思うとつたら大間違ですよ。我々は総力をあげてやりますからね。」(組合員大浦惇治)、「校長先生、今ね、支部長はここにおる。副支部長の阿比留先生もここにおる。いいですか、今何月何日ですか、三月一九日でしよう。当然二人はね、とつくの昔にね、長崎に行つてるはずなんですよ、人事でね。組合にとつて、人事というのは、特に対馬の組合にとつてはですね、最大で最高のものなんですよ。それを支部長と副支部長が、それすら置いて対馬に残つておるちゆうのは、どういう重大な意味があるか分りますかね、校長先生、あなたが張本人なんですよ、それの。だから、こうして来とるわけですよ。いいですか。だから、今黙つておるからと言つてね、これが、うやむやになつてしまうような、そんな生半可な問題じやないです。それだけは、よう分つとつてもらゆつでしようね。ここに支部長と副支部長がおるということから考えてから。時期が時期だから。そしてなぜ、今日を選んだか。明日、明後日があるからです。そういうこともよう分つとるでしようね。一三日にあればですよ、一四日、一五日に来とるのが当然やつとですよ。一五日に来とればですね、次は火曜日でしよう、授業が始まれば帰らにやいけんからです。だから、遅かれ早かれ言わにやでけんことだつたら早よう言わんですか。生半可な決心で来ちよつとじやないとです。」(被告人松園)と申し向けるなどし、

澤田校長において「あなた達の態度は、私は、あの脅迫じみた」といいかけると、「どうして脅迫ですか。事実を言つとるんじやかないですか。」(被告人棄村)、「校長さんて、この問題はですね、私達は絶対に有耶無耶にはせんとです。」(被告人阿比留初見)、「絶対しませんからね。」、「人事もなんでもさておいて解決しますからね、これは。」(組合員大浦惇治)、「人事はストップしていいですよ、これは。」(被告人阿比留義見)、「総力をあげてやりますよ。」(被告人鐘ケ江)、「総力をあげてやりますからね。」(組合員大浦惇治)、「そのつもりで支部長、副支部長が長崎行を中止したつですけんね。」(被告人棄村)、「そういういい加減な態度があるもんですか。」、「いい加減でしようが。」、「事実でしようが。事実でないなら事実じやないと言いませんか。」(被告人棄村)とそれぞれ大声を張り上げ、

同校長において「こんな夜遅いのに。」、「出さないの、あなた方は、え。」、「あのね、話を聞いていると強要していますよ。」と抗議しても、「何をとぼけちやいかんよ。」(被告人阿比留義見)、「何が強要ですか。大事な問題をですよ。いい加減にするあなたの方が出鱈目じやないですか。」(被告人棄村)とそれぞれ大声を張り上げ、「新聞で叩きますよ。そういう校長が対馬の教育界にいるんだということを。いいですか。」(被告人阿比留義見)、「全教育関係者にばらまきますからね、この問題は。」(組合員大浦惇治)、「いいですか。やりますよ。」(被告人阿比留義見)、「ああたが教員生命がなくなるまでやりますからね。」(組合員大浦惇治)と大声を張り上げ、「甘く見ちやいかん。甘く見ちやいかん。我々を。」(被告人阿比留義見)、「初めから穏やかに話しとけばこんな立ち上がる必要もなかつたとですよ。大声を出す必要もなかつたとですよ。」(被告人棄村)、「今から出しますよ、まだ。」(被告人阿比留義見)、「もう観念されにやいけん。」、「鯛でも、くろいおでもですね。初めはこう引つ張るばつてん、もういい加減観念して、こそつと上がつてくつちやけん。」(被告人松園)、「これだけの事実を我々が知つとつて黙つときますか。総力を上げてやるというのが理解できるでしよう。」(組合員大浦惇治)、「校長さん、校長さん、校長さん、あなたはね、このことをね、はつきりせん限りはね、対馬全島どこの学校に行つてもあなたの学校経営はできませんよ。……」(被告人阿比留義見)、「むしろ、あなたの着任をですよ。拒否しますよ。」、「今日は終わらんですよ。」(被告人棄村)、「もう早よう辞めた方がいいですよ。だから。経営能力ないもの、これをこのまま放置するということになれば。」(被告人阿比留義見)、「これが表面に出ればね校長先生、みじかな例で今度の美津島の人事は全然ストップですよ。あんた達三人のために。」、「今その話合をしようと言つているのに話合すら拒否しようとしている、いいんですか。それでいいんですか、あなたは。」(被告人松園)、「このことがね、校長さんはつきりせねばね、うちの書記長は帰つて来ますよ。人事を放つたらかして帰つて来ますよ。それほどことは重大だということをね、まずまずね、自覚することが先決ではないですか。あなたは、まあだそのことの重大さが分つていないじやないですか。」、「もう善後策を考えた方が賢明です。」、「これを放置してみませんか。どういう結果になるか先は見えとつとですから。」(被告人阿比留義見)と威喝し、「そんなこと言うならばね、組合長にそんなこと言うならばあんたも責任取りませんか。」、「いいですか絶対に。」「それが事実であつたとするならばちよつとちよつとじやない、馬鹿たれ。」、「責任取れよ。いいか、組合長にそんなことを言つたのだからあんたも責任を取れよ。」(被告入松園)と大声を張り上げて恫喝し、「私の教師生命をかけてとことんやりますよ、いいですね。」(被告人棄村)、「まあだ署名も捺印もしていないじやないですか。」(被告人松園)と大声を上げ、「確認してくれませんか。確認を。」(被告人阿比留初見)と迫り、「そんな大それたことを確認もなんもせんで逃げるんですか。」、「いい加減なことではだめですよ。」(被告人松園)と大声を張り上げ、澤田校長において「これはもう強要になるね。」と云うや、「何が強要ですか。」(被告人棄村)とはねつけ、「だから言つた覚えがないと書かんですか。」、「座らんですか、いいから、鞄を持つて。」(被告人松園)と大声を上げるなどの言動が認められる。

しかして、これらの言動に明らかな如く、対馬の教育界に居られないように新聞で叩くとか、組合の総力を挙げて、あんたの教員生命がなくなり、どこの学校に行つても学校経営ができなくなるまでやるなどというものであつて、明らかに人を畏怖させるに足る脅迫文言というべきである。しかも、ある場合は怒鳴り又は大声を張り上げ、机を叩いて音を立て、その他のときでも、言葉使いそのものは比較的丁寧であつたとはいえ、鋭く又は強い口調のものであり、また、しんらつ又はやゆ的な文言も少くなく、特に、校長が一言いえば、数言を返し、被告人らの前後又は左右からの発言は相互に呼応し、十数時間の長きにわたり、既になされた先行の脅迫効果が沈澱した地盤の上に後続の脅迫文言が加わる異常な全体的状況の中において、他人の意思制圧力としての脅迫の強さは一段と増大していたものである。

そして、右1と2の事実を総合すれば、謝罪文の作成又は確認書の署名押印をさせるための手段として脅迫を持続的に加えたこと、つまり被告人らの強要の所為は優に認めることができる。

以上の全事実関係、とりわけ、被告人らその他の組合員らは約一六名の多数で突然校長室に押し掛けて、澤田校長を取り囲み、同校長の単P会長会議の発言につき、これを認めることを迫り、殆ど一方的に抗議を続け、途中からは二〇名以上の組合員を校長室の隣の職員室等に動員するまでに至つたこと、被告人らは右抗議の過程で澤田校長らの右発言の内容を問い質すことよりも、これは既に自明なものとして、同校長の責任を追及することに移ろうとし、その前提として、同校長をして右発言内容を認めさせ、その方法として、発言内容のうち肯定する部分と否定する部分を文書の上に特定させて該文書に署名捺印させること、又は同発言内容について謝罪文を書かせることを目差して、数々の脅迫文言を申し向けてこれを要求していたこと、同校長の着席していた椅子の位置から校長室の出入口までは同校長が左右(東西)どちら側に回つても多数の組合員らが殆どすきまもなく着席し、同人らが進路をあけない限り、力ずくで押しのけるか又は突き飛ばさなければ出入口に到達できない状況にあつたこと、被告人らは同校長が右要求に応ずるまでは帰らず、同校長をも帰さない決意であることを示し、これを執拗に繰り返し放言していたこと、同校長は幾度となく被告人らの要求を拒否し、その言動に抗議すると共に退室を要求し、あるいは自ら退出意思を明示しながら、五回にわたり脱出しようとし、同日午後六時四五分ころ帰り仕度をして以来同一〇時過ころまで立つたままの状態でいたのであり、これに対し被告人らは、同校長が退出しようとする都度、大声を発し、机を叩き、代わる代わる又は口々に非難攻撃を加えるなどして同校長の意思を挫こうとし、さらに、同校長の退去行動の進路を遮り、同校長が被告人らの身体に少しでも接触すると、暴行だとか、当たつたら訴えるなどと申し向けて、同校長を威喝牽制したこと、また、同校長を校長室にひとり残したといわれる午前、零時五〇分ころから同三時三〇分過ころの間も、被告人ら組合員は隣の職員室に待機して監視し、ときおり入室しては前同様の要求を繰り返すなどし、この時機における同校長は極度に疲労困憊の状態にあつたこと、右の如き状態で同校長は徹宵約一五時間にわたり校長室から脱出することができず、一睡の休息も取りえなかつたものであることが認められる。しかして、これによれば、本件公訴事実たる監禁及び強要未遂の各事実を認めるに十分である。

なお、原審第一九回公判調書中の証人中村不可止、同佐伯正發の各供述部分、同第二〇回公判調書中の証人佐伯正發、同内山実宗の各供述部分、同第二三回公判調書中の被告人棄村圭一、同鐘ケ江康人の各供述部分、同第二四彼公判調書中の被告人松園勇、同阿比留義見の各供述部分、当審第六回公判調書中の証人佐藤至道の供述部分、証人佐藤至道、同琴岡篤の当審公判廷における各供述中右認定に反する部分は、いずれも不自然さが目立ち、関係証拠に現われた客観的状況とも整合せず、たやすく措信することができないものであり、その他記録を精査し、当審における事実取調べの結果を検討してみても、右認定を左右するにたりない。

そうすると、本件公訴事実につき犯罪の証明がないことに帰するとして被告人らに対し無罪の言渡しをした原判決は、証拠の取捨選択及び価値判断を誤つて、事実を誤認したものというのほかなく、その誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、破棄を免れない。論旨は理由がある。

それで、その余の控訴趣意に対する判断を省略して刑訴法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書に従い、更に次のように判決する。

(罪となるべき事実)

被告人阿比留初見は長崎県教職員組合玄海総支部対馬支部長、同阿比留義見は同支部副支部長、同松園勇は同支部常任執行委員、同棄村圭一は同支部美津島支部長、同鐘ケ江康人は同支部書記長であつたものであるが、昭和五一年三月一三日同県下県郡美津島町中央公民館で開催された同町PTA連絡協議会において、同町立今里中学校長澤田虎夫(当時四九歳)が主任制をめぐる問題に関し、かねて美津島町校長会が同町教育委員会に対し提出していた主任制導入について慎重に対処してほしい旨の要望書の趣旨に反し、かつ、前記組合美津島支部及び同支部組合員を誹謗する発言などをしたとして、同校長が少なくとも右発言内容を書面で確認し、あるいは同発言内容について謝罪文を書くまで同校長に対し抗議を続けようと企て、十数名の前記対馬組合員とともに同月一九日午後四時四五分ころ同町大字今里一六八番地の一所在の今里中学校校長室に赴き、同校長から面談を拒否され、退室を求められてもこれを無視し、右組合員らと互に意思を通じて、同室内で着席できる校長机の周囲(約六平方メートル=約1.8坪)に椅子(一〇個以上)を並べて着席し、翌二〇日午前八時ころまでの間「日が暮れれば、我々がもう諦めて帰るくらいに思うてありやせんですか。そんな幼稚な考えを。」、「今日来た意味が分りますか。明日と明後日も休みやから来とつとですよ。」、「ああたがですね、こう言いましたか、どうですかと確かめに来たわけじやないとですよ。」、「あなたがこういう発言をしたということは、はつきりしとるわけですから。事実ですから。」、「おおごとになりますよ。ああたがね、黙秘権を使つて黙つとくなら、黙つときませんか。それですむと思うとるなら。」、「一夜明けたらとんでもないことが起こつとですよ、世の中は。」、「帰らんつもりで来とるとです、今日は。だから、遅かれ早かれ言わにやでけんことだつたら早よう言わんですか。」、「校長帰つていいですよ。帰つていいから、その確認、書きましよう。」、「原案書きますから、署名捺印。」、「早く帰りたかつたら、そげんせんですか。」、「新聞で叩きますよ。そういう校長が対馬の教育界にいるんだということを。いいですか。」、「全教育関係者にばらまきますからね、この問題は。」、「ああたが教員生命がなくなるまでやりますからね。」、「甘く見ちやいかん。甘く見ちやいかん、我々を。」、「鯛でも、くろいおでもですね。初めはこう引つ張るばつてん、もういい加減観念して、こそつと上がつてくつちやけん。」、「事実の確認だけに来たわけじやないとですよ。僕らが来たのは。」、「責任をきちんと取つてもらわんば。」、「組合誹謗して申し訳ないちゆう謝罪文書きませんか。それが一番早いですよ。」、「申し訳ないつて謝罪文書きませんか。そうすりやもうすぐ終わつとです。」、「あなたはね、このことをね、はつきりせん限りはね、対馬全島どこの学校に行つてもあなたの学校経営はできませんよ。」、「むしろ、あなたの着任をですよ、拒否しますよ。」、「今日は終わらんですよ。」、「もう早よう辞めた方がいいですよ、だから。経営能力がないもの、これをこのまま放置するということになれば。」、「これは事実確認はできつとですよ。いくら頑張らつたつちや。」、「無駄な抵抗です。」、「事実の確認ができたから来たわけですよ。」、「確認ずみの問題ですよ、これは。」などと申し向け、更に、前記美津島町PTA連絡協議会における具体的発言内容を否定し、もし事実の場合は責任を取るなどと記載した確認書を示して、「サインして下さい。」、「事実であるなしを判定してもらつてそこに署名捺印して下さいませんか。そうしたら終わりますたい。」、「全島から集まつてくるんですよ。」、「またこうドスンという大きな音を立てんでいいごとちやんとしませんかね。」などと申し向け、同校長が右署名捺印に応じないとみるや、「もう責任問題は省きました。ここでサイン捺印して下さい。署名捺印。」、「校長先生、こんままやつたらいつまでん続きますよ。」、「もうこつじやですね、夜が明けてしまうですよ。」、「正常な状態じやねえけん、どげんことしだすか分らんですよ。これ以上長引いたら。」、「ああたが眠つたら我々が黙つて帰ると思うたつちやないですか。」、「それとも最初に言うたように謝罪文書きますか。どうですか。」などと口々に申し向けて脅迫し、その間同校長が幾度となく交渉を拒否する旨告げ、更に自ら退去すべく前後五回にわたり脱出しようとしたが、その都度大声を発し、机を叩き、代わる代わる非難し、また、その都度その進路を遮り、「訴えますよ、当たつたら。」などと申し向けて妨害し、疲労困憊して机上にうつ伏せになつたりしていた同校長の机や椅子を二〇回位叩いたり、隣室の職員室において同校長を監視するなどし、もつて同校長の校長室からの脱出を著しく困難ならしめて同人を不法に監禁するとともに、前記確認書に署名押印し、あるいは前記謝罪文を作成することを執拗に要求し続け、前示の如く同校長の自由や名誉に害悪を加えるべき気勢を示して脅迫し、同校長をして義務なきことを行わせようとしたが、同校長においてこれに応じなかつたため、右強要の目的を遂げなかつたものである。

(証拠の標目)<省略>

(刑訴法三三五条二項の主張に対する判断)

一弁護人らの主張は、

1 美津島町校長会は昭和五一年二月一八日に町教組との間の協定に基づき同町教育委員会に対し要望書を提出したものであるが、澤田校長は右校長会の構成員であり、同日の交渉に先立つて行われた同月九日の交渉には出席し、かつ同月一八日の交渉については出席した校長多数の意向にすべての処理を一任していたものであつたから、協定内容としての要望書の趣旨を尊重し、これに反した行動をとらない義務を負つていたものである。しかるに、同校長ら三校長が単P会長会議において主任制を礼讃する発言をしたことは、右義務に違背し組合及び組合員の権利を侵害するものである。

2 また、澤田校長らの右発言中の、

(三) スト参加組合員を排斥する発言は、組合組織に向けられた直接的攻撃であるとともに、組合員の教員としての地位を危くしかねないものであり、

(二) 組合及び組合員を批判する発言は、単P会長らに誤つた組合及び組合員像をうえつけ、組合及び組合員の名誉を著しく傷つけたものであつたから、組合及び組合員の権利を侵害するものである。

3 右1、2の権利侵害を緊急に排除して原状回復を求める必要があつたので、被告人ら組合員はその前提として前記侵害行為等の事実確認を求める目的をもつて、本件当日に澤田校長のもとに団体交渉に赴いたものである。

4 およそ、団結の目的に照らして必要とされる組合活動上の諸問題は、すべて職員団体と当局との交渉の対象となるので、澤田校長の右発言の確認がこれに含まれることはいうまでもない。

5 澤田校長は当日前記対馬支部及び町教組の代表者らによる交渉申入を受諾して交渉を始め、被告人らの本件交渉態様も社会的に相当なものであつた。

6 したがつて、右交渉は憲法二八条の保障する正当な団体交渉権の行使であり、澤田校長は誠実に交渉すべき義務があるのに、これに違背したものであるから、被告人らが多少同校長の退室行動を阻止したことがあつたとしても、正当な労働組合活動として刑法三五条が適用され、犯罪は成立しないものというべきである

と主張する。

二そこで先ず、右主張を判断するにあたり、これに必要と思われる範囲の前提事実を関係証拠に照し振り返つてみるに、

イ 長崎県教組は、主任制反対闘争の一環として、昭和五〇年一一月二二日、同年一二月五日、同月一〇日、昭和五一年三月九日に四回のストライキを行い、美津島町教組も昭和五一年一月三一日から同年二月一八日までの間に、業務拒否闘争と称して、朝礼の当番、庶務部の文書、会計事務、庶務部外の会計事務、整備及び営繕等の業務の怠業行為を繰り返して行つていたこと、

他方、美津島町における全小・中学校長一一名は任意同町校長会を組織していたところ、昭和五一年二月九日に町教組から面談を求められ、美津島町教育委員会に対して主任制に反対する意思を表明するよう要望されたが、先に対馬校長会が対馬教育長に提出した要望書(その主たる内容は、主任制度実施については…教育の進展と正常化のための制度化は当然としても、…主任手当のあり方、実施の時期、あるいは主任設定など施行上の諸問題については…充分な検討の上、慎重に対処されるよう要望するというもの)程度のものであれば、提出してもよいとの回答をするに止まつたので、話合は物別れに終わつたこと、

しかし、澤田校長を除く右美津島町校長会の一〇名の校長は、年度末を控え右の業務拒否闘争に困り抜いていた折から、同月一八日町教組と再び話し合いを持つた際、その提案を受け入れ、町教組との間で、同教組が業務拒否闘争を解き、かつ、以後各校長に対し町教組分会から主任制について交渉を求めないことを約し、これと引き換えに、美津島校長会の名義で同町教育委員会に対し、「(1)人確法に基づく予算措置は本来、教育の待遇改善を目的としたものであり、これが主任手当として支給されることについては疑問が多い。(2)主任の業務を円滑にすすめるにあたつては、職員の理解と協力が必要であり、任命制については、慎重に検討してほしい。(3)現場で主任制について十分な説明もなく、理解も得られていない実態を考慮すると、実施時期についても疑問が多い。よつて、このまま主任制を導入することについては、現場の実態を考慮し、慎重に対処してほしい」趣旨を記載した要望書を提出することにつき、これを不承不承約束し、同日右要望書を右校長会の一員である石倉鴨居瀬小中学校校長から同町教育委員会小田勇三教育長に提出し、その翌日から町教組においては業務拒否闘争と称する怠業行為を解いたが、澤田校長は同月一八日の右話合には参加しなかつたこと

ロ 次に、被告人ら組合員が今里中学校に赴くまでの経緯としては、

昭和五一年三月一三日午前一〇時ころから同日午後二時ころまで美津島町中央公民館二階会議室において、美津島町(小、中学校)PTA連絡協議会(以下、「連P」という。)会長山川良一、美津島町校長会長であつた竹敷小学校長白井博、連P事務局長であつた内海小学校長早田英夫、連P副会長であつた今里中学校長澤田虎夫及び美津島町内の各小、中学校単位の一二名のPTA会長中九名の単P会長(ただし、内二名は午後から退席)が出席して、単P会長会議が開催され、町教組が連Pに提出した主任制反対決議及び反対署名等を求める要望書の取扱をめぐつて、主任制等に関する組合活動や組合員の日常活動の実情及び批判、右各活動に対する対策、主任制に関する意見等が交わされたこと、

当時、小松勝助は厳原町立久田中学校内山分校教諭で、前記対馬支部厳原町支部の組合員であつたが、かねて美津島町教育委員会から依頼を受けていた大般若経の調査のため、右同日に前記中央公民館に赴き前記会議室の隣室において調査作業にあたつていたところ、同会議室から漏れてきた話声により前記会議が開催されていることを聞知し、同日午前一〇時三〇分ころ大般若経の調査をやめ、同日午後二時ころから右会議が終了するまで、右隣室において壁ないし襖越しに右会議室における発言を盗聴し、その主要なものをメモに取り、同日夕刻前記対馬支部書記長糸瀬正彦に対し、右会議の状況を口頭で報告した後、右メモを清書したメモ書一〇枚(当庁昭和五五年押第一九号の8。以下、「小松メモ」ともいう。)を作成し、同月一五日これを右糸瀬書記長に手渡したこと、

右糸瀬書記長は町教組書記長であつた被告人鐘ケ江に対し電話で右会議の状況を報告し、同被告人は同月一四日町教組の三役会を招集し、町教組組合長であつた被告人棄村、同副組合長佐伯正發、同書記次長川上肇及び同町村担当役員大浦惇治が出席して、単P会長会議において組合を誹謗するような重大発言があつた旨報告し、前記対馬支部と連絡を取つて対処して行くことを決議し、更に同月一六日厳原町教育会館において、右対馬支部執行部と町教組三役の合同会議が開催され、右対馬支部執行部からは同対馬支部副支部長であつた被告人阿比留義見、同常任執行委員であつた被告人松園ら執行委員全員が、町教組三役からは被告人鐘ケ江以下右の五名が、更にオブザーバーとして小松勝助が出席して、単P会長会議に出席した三名の校長、同各校長の同会議における各発言内容を特定したうえ、同会議に対する対策として、前示のとおり、右三名の校長から単P会長会議における発言内容について「以上相違ない」という趣旨の確認書を取り、同校長らの右発言は校長にあるまじき行為であり、組合に対する背信行為であるので、会議のやり直しを求め、同校長らに組合と前記美津島町校長会に対する謝罪文を書かせることなどの方針を決定し、同月一九日澤田校長に対しこれを実行すべく取り決めたこと。

ハ 以上イ、ロの事実が認められるので、これらの事実関係を前提として、所論につき順次考察する。

(A) 所論によれば、澤田校長は校長会の構成員であり、前記二月九日の交渉に出席し、同月一八日の交渉には出席しなかつたが、交渉を多数校長の意向に一任していたから、前記要望書の趣旨に反する行動をしない義務を負つていたというのであるけれども、しかし、二月九日の交渉では本件の如き内容の要望書の提出につき澤田校長らは反対していたものであり、同月一八日の交渉にあたり、同校長が右校長会の構成員に対し、要望書の内容を決定し提出することにつき、多数校長の意向に一任したことあるいは後日その処理を追認したことを認めるにたりる証拠は何もない。のみならず、右の要望書そのものは前示の如き内容につき校長会から町教育委員会に対する意見具申であつて、何人に対しても拘束又は義務を課するものではない。そうしてみると、澤田校長が二月一八日の協定の当事者として、右協定に拘束され又は要望書によつて義務づけられるということはできない。

仮に、校長会の一員として右協定に拘束されるとしても、右協定の目的は校長会が町教育委員会に対し前示要望書を提出して意見具申をすることにあり、右校長会は同日右教育委員会に対し右要望書を提出したのであるから、右の履行により協定上の義務は消滅したことが明らかである。したがつて、右校長会又はその構成員が依然として、右協定上の義務を負い、町教組が右協定に基づく権利を保有するということはありえない筈である。そうすると、澤田校長らが右協定ないし要望書に基づく義務に違反したことを前提とする主張部分は、その前提を欠くので失当というべきである。

(B) 前記主張2につき、関係証拠によれば、

美津島町PTA連絡協議会は、同町内の一二の各PTA会長が相互の連絡、協調及び教育意欲の向上を目的として任意に組織したものであつたこと、

山川良一連P会長は、昭和五一年三月三日付で町教組が連P宛に提出した主任制反対決議及び反対署名等を求める要望書を受領し、同月六日先ず連P執行委員会を開催して協議したところ、同委員会において、前記三名の校長に指導助言者として出席を求める秘密会の連P(単P会長会議)を開催したうえ、その取扱を協議する合意をえたので、これに基づき、単P会長会議を開催する旨の通知書を同月一三日に各PTA会長に宛て、いずれも親展文書で発送したこと、

前記のとおり、同月一三日に開催された単P会長会議の冒頭において、澤田校長が念を押す趣旨で同会議を秘密会にしてはどうかと提案したところ、各会長とも右開催文書が親展で送付されたことや会議の性質及び当日の協議内容などを考え合わせて、これを当然のことと思つていたので、右提案を承認する趣旨で格別の意思表示はしなかつたこと、

右単P会長会議においては、単P会長らが、各学校現場における組合のストライキ、業務拒否闘争の実情、主任制反対に関する活動状況を報告したり、ストをするような先生は教育委員会が任命しても部落が反発すれば行き所がなくなる、自分達は先生方に子供を預けているので、何か言えば子供がいじめられたりしないかと気がかりでものが言えない、先生がストをすれば学校に出させないという強い態度で臨むべきである、自分達としては、主任制のことには自信がないので、ストをすることに対してのみ反対して行くのがよい、主任の制度化に日教組切り崩しの意図があるのは事実であるなどと、あれこれ意見を述べ、

澤田校長以外の前記校長らが、主任は指導職として設けられたものであつて、文部省が突発的に出したものではない、全国の校長会や教頭会その他が数年前より希望していたものである、責任を明確にさせる意味から任命制にした方がよい、主任は現在もあるが、精力的に力一杯働いておられる、それに手当をやるのは当り前であると思う、主任制を実施すれば教育はよくなる、ストをしてくれるなという要望をしてほしい、主任制反対の書面に容易に署名するのは困る、正義のためにストを思い止まる人が増えることを希望する、組合員には業務拒否による賃金カットをしても効き目がない、一番効くのは父兄や生徒から言われることである、組合員はあなた方の声を怖がつている、ストをした者は転任してもらいたいという要望書をどしどし出せばよい、組合員は都合のよいときに年休を取り組合活動をしている、女の先生は夏、冬の休みの他にこのごろは生理休暇などもあり、どんどん休み、給料は当り前にもらつている、ストだけでなく日ごろも処分に値することはいくらでもあるが、手続きが面倒なのでそこまでやつていない、私達が本当に話せるのはあなた方だけです、自分のPTAの役員にも正しい教育の姿を話して下さいよなどと述べ、

次に澤田校長は、公立学校には秩序が必要であり、法令、条例、規則を正しく守る必要がある、文部省、教育委員会など上部機関の指示、指導は大事にしなくてはいけない、そのうえで教育活動は自主的になされるべきであるが、地域の実情及び生徒の実態を踏まえたものでなければならない、最近の学校内の状態をみると、右のような点を無視し、頭から学校の自治とか自主性ということで動く傾向にあり、今里中学校においても、組合の先生は卒業式に君が代を歌うことや町長の祝詞の代読につき、職員会議で反対し、例えば、卒業遠足の実施が決定され、日程の通知やバスの手配もなされた後になつて、校長会の日取りがこれと重複し、教頭も病気で休んでいたものの、父兄や生徒もそのつもりでいたので、予定どおり右遠足を実施するよう職員会議を開いて依頼したけれども、なかなか納得してもらえず、その結論が出ないまま終了の時間が来たので、一五分間の延長を願つたが、時間が来ているという理由で帰つてしまい、翌日の職員朝会に再度依頼してやつと了解をえたことがある、権利だけ振り回して何でも反対では公務員の資格がない、公私混同をしては困る、良識で判断してほしい、主任制はAの学校もBの学校も大体同じ内容にして行こうというもので、むしろ進歩した制度である、組合に対し頭から悪いと言わないで協力してもらえないかと言うが、なかなか納得してくれず、主任制反対のために業務拒否をしている、組合員の先生らの業務拒否のため美津島町では約二週間学校は麻痺した、組合員の先生は日ごろから授業と学級指導の他は殆どやらず、その分が校長や教頭、非組合員の先生の負担になることは事実である、校長に対し主任制反対の上申をしてくれということで業務拒否をしているが、公立学校の校長としてはこのような上申はすべきではなく、これによつてある程度学校が混乱しても仕方がない、組合が主任制に反対しているのは、主任制が実施されると、その主任は上部機関から任命されることになり、今まで多数決で決めていたのがなくなり、組合の意思が通らなくなるためである、日教組は学校運営を組合に管理させるという革命的狙いを持つているのであるなどと述べ、前記早田校長が山川連P会長と相談して準備し琴海町教育問題OBの会たよりその8及びその9を配布したこと、

そして、右会議の最後に、山川連P会長が町教組より連P宛に提出された前記要望には沿いがたいという決定でよいかと諮つたところ、各単P会長とも右会議開催の経緯、同会議においてかわされた意見などに照らし当然のことと思つていたので、これを承認する趣旨(会議冒頭のころ秘密会にしてはどうかという提案に対してなされた会議方法と同じ)で、格別の意思表示はなく決定されたこと、

以上の事実関係が認められる。

しかして、先ず右会議の秘密性の有無については検討すべきところ、前示の如き右会議の性質、前後の模様や決定方法からみると非公開が当然予想されていたことが推認されるほか、周知の如く我が国における同質的構成員による非公開の会議においては、多くの場合、提案に対して特に意思表示がなされない以上、沈黙は黙示の賛成を意味するものとして処理されるのが殆ど常態であることなどを考え合わせると、単P会長会議の冒頭のころ同会議を秘密会とする澤田校長の提案が黙示的に承認され、その旨の決議がなされ、更に同会議の最後に町教組より連P宛に提出された前記要望には沿いがたいという決議も同じ方法でなされたものと認めるのが相当である。

次に、右秘密会議における澤田校長ら三校長の発言の性質を考えてみるに、右発言中組合又は組合員を批判し、その名誉や利益と相容れないものがあつたとしても、それは教育という公共の利害に関する事柄につき、PTA会長及び校長だけの関係機関内において、公務員である中学校教諭の言動を管理者の立場から争議に関連して論評、批判したものであつて、公的活動とは無関係な私生活の暴露や個人の人身攻撃にわたるものではなく、摘示された事実は概ね前示のとおりであつて、関係証拠に個別的に照しても、主要な部分において真実性を欠くものとは認められないので、当該論評の内容が客観的に妥当な意見であるか又は社会の多数によつて支持される見解であるか否かにかかわりなく、公共的事項についての論評の自由として、一般に違法性を欠くものと解され、とりわけ組合又は組合員の名誉を侵害しないものは、表現の自由に属するものであつて、何らの違法性も有しない。

そうすると、組合や組合員らが澤田校長の前記発言に対し責任を追及する権利を有するか否か疑問である。その責任追及の権利を有するとすれば、発言が右の正当性を欠く場合でなければならないところ、仮に、これが肯定できる場合、すなわち組合又は組合員の名誉が違法に侵害された場合であるとしても、訴の方法によらないで、自力救済的な直接行動が許されるか否かは次にまた問題である。少くとも狭義(刑法上)の自救行為としては緊急性はもちろん相当性の要件をも充足するものとは認められないので、これにより被告人らの本件所為を正当とすることはできない。

(C) 所論3ないし6はこれと異り、右発言は組合及び組合員に対する重大なる権利侵害であるから団体交渉事項にあたり、被告人らの本件所為は右の正当な団交過程における出来事であるから、正当性を有すると主張し、その前提として組合の団結目的に照し必要とされる組合活動上の問題は、すべて交渉事項となるというのである。しかし、地方公務員法五五条に基づき地方公共団体の当局が地方公務員の団体と行う適法な交渉とは、

(1) 交渉事項が「勤務条件に関し、及びこれに附帯して、社交的又は厚生的活動を含む適法な活動に係る事項」で(同条一項)、かつ、地方公共団体の事務の管理及び運営に関する事項以外の事項であり(同条三項)、

二 交渉当局が交渉事項について適法に管理し、又は決定することのできる地方公共団体の当局であつて(同条四項)、

(3) 職員団体と地方公共団体の当局との間において、議題、時間、場所その他必要な事項をあらかじめ取り決めて行う場合でなければならないのである(同条五項後段)。

したがつて、右条項が合憲である限り、地方公務員の職員団体の団体交渉における右の制約を否定することはできないものであるところ、これを違憲とすべき理由を見出すことはできない。

他方、地方教育行政の組織及び運営に関する法律二三条並びに関係証拠によれば、澤田校長が適法に管理又は決定しうる事項は、今里中学校に勤務する職員に対する勤務時間の割り振りと休暇承認を行うことのみであり、それ以外の勤務条件及びこれに附帯する事項について管理、決定権を有するものは長崎県教育委員会であつたことが認められる。

ところで、被告人ら組合員らが澤田校長に要求したものは、前示の如く単P会長会議における同校長らの発言の確認とくにその旨の書面に対する署名捺印又は謝罪文の作成を求めることにあつたのであるから、前記交渉事項にあたるものとは認めがたいところである。

尤も、右発言の一部には勤務条件に関するもの、あるいはこれに附帯するものに関する発言が認められるとしても、澤田校長が交渉の当事者となりうる交渉事項は、前叙のように、今里中学校に勤務する職員に対する勤務時間の割り振りと休暇の承認を行うことに限られ、これと被告人ら組合員の前示要求事項を考え合せると、依然として適法な交渉事項とはなりえないものといわなければならない。

また、交渉手続においても、法の要求する予備交渉が行われず、たとえ、原判決の認めるような予備交渉欠缺の瑕疵の治癒が認められる場合があるとしても、澤田校長が右交渉を受諾したとの所論を認めるに足る証拠はなく、かえつて、同校長においては右交渉申入を明確に拒否したものと認めるのが相当であり、この点については先きにも述べたとおりである。したがつて、予備交渉欠缺の瑕疵が治癒されたものということもできないので、手続的にも違法というべきである。

そもそも、被告人らの本件所為がほんらい団体交渉であつたか又は集団抗議であつたかについては、前提問題として検討を要するところ、前示のとおり、被告人らにおいては相違ないとの確認書をとることや謝罪文を書かせることを予め取り決めていたこと、さらに右の実行過程をみると、被告人ら組合員の発言中の、

「はつきり言いますとね。その会合の参会者、会合に出席してある人からですね、澤田校長がどういうことを言うたのかということは分つちよつとですよ。それを煎じ詰めて行きますか。…それよりも先に結論を言いましようか。」、「こんなことで抗議来つですか。」、「何立ちよつとですか。」、「なんですか、私達は抗議に来てるんですよ。」、「私達を誹謗したでしようが。」、「確認しましようや、事実の確認を」、「卑怯じやないかね。」、「事実の確認をしなさいよ。」とそれぞれ大声を上げ、「川上先生、全組合員集めてくれませんか。」、「よし、四〇〇人。」、「動員かけよう。」、「しとらんというなら、しとらんという確認を取ろう。」、「それがもし間違つとつたらね。あなたに責任を取つてもらうからね。確認書書かんですか。」、「一人、二人の情報でこれだけはつきり分りますか、我々が。」、「僕らが持つとるこの情報がいい加減なものだと思うて当て推量で来ちよると思うたら、大間違いですよ。さつきも言うたようにですね。まかり間違えば私の首がふつ飛ぶわけですから。」、「校長帰つていいですよ。帰つていいから、その確認、書きましよう。」、「言つてない。誹謗していない。」、「きちんとしませんか。」、「そうしてね。責任持つて公印押して下さいよね。」、「原案書きますから、署名捺印。」、「早く帰りたかつたら、そげんせんですか。」、「帰らんですか。早よ、確認、書いて帰らんですか、用事があるならば。」、「言つていない。そういうことは全然ないと確認書いて帰らんですか。」、「責任問題ですよ。」、「責任きちつと取つて下さいよ。」、「責任を。」、と、口々に申し向けているのであるが、これらの発言からも窺われるように、交渉の余地はなく、被告人ら組合員の本件所為は団体交渉というよりも集団抗議であつたものと認めるのが相当である。すなわち、右の現象面では圧倒的に抗議又は責任追及の態度が強く現われ、交渉意図は微弱で、時に交渉態度を示す場面もあつたというにすぎないものである。したがつて、被告人ら組合員の行動全体を団体交渉と解することは困難である。

仮に、これを肯定しても、前述の如く交渉事項、交渉対応能力、交渉手続の各点において、その団体交渉なるものは不適法であり、他に、これを適法な団体交渉とすべき理由を見出すことができない。

およそ、権利侵害があつたとして、加害者に対し訴等の方法によらず、直接に責任を問い原状回復を求めることは、いわゆる自力救済以外のものではなく、名を団体交渉に借りても、その主たる原因は背信行為や名誉毀損とみられる行為に対する責任の追及であつて、いわゆる市民法的事由であることなどを考え合せると、所詮その基礎は依然として自力救済というのほかなく、本件においては狭義の(刑法上の)自救行為はもちろん団体交渉の形態をとつても、前示のとおり不適法たるを免れないものである。(この場合、団体交渉の方法により要求の実現を企図するのであれば、交渉につき対応の権限と能力を有する教育委員会を相手に、その監督義務を通じて澤田校長の責任を追及すべきであろう。)

なお、所論は被告人ら組合員の交渉態様も社会的に相当なものであつて、多少の行き過ぎはあつても、正当な団体交渉権の行使であるというのであるが、前示監禁及び強要にあたる脅迫的言動は、多少どころではなく、明らかに社会的相当性を超え、交渉手段としても不法なものというべきである。かくして、被告人らの本件所為は、所論指摘の諸点を詳細に吟味しても、適法な団体交渉における相当な行動とは認められないので、刑法三五条を適用して右所為を正当化することはできないわけである。

(平田勝雅 吉永忠 池田憲義)

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